コラム―散歩道

最近見た映画3つ

 昨年、私は還暦を迎えた。還暦を迎えて良かったことが一つある。シニア料金で映画を見ることができる。800円割引の1000円だ。映画好きの私はとてもうれしい。

「スラムドッグ・ミリオネア」

 ダニーボイル監督、インドが舞台。最初から最後までドキドキで、手に汗をにぎる作品だった。

 スラムで育った少年ジャマールが「クイズ・ミリオネア」にでて全問回答して百万長者になる。インド中の、特にスラムかの熱狂的な歓声!
 教育を受けていない彼が、なぜ全問正解を成し遂げたか、「教育も受けていないものにわかるわけがない」と警察が逮捕、彼を拷問にかけ「不正を吐け」と迫る。電気ショックを受けながら彼は「不正はしていない。生きながら学んだことだ」という。
 クイズ会場と回答を学んだ過酷な人生とが、交互に映し出されて物語は展開する。番組に応募したのも、ほのかな恋心を抱いている少女ラティカに見て欲しい、と願ったからだ。ラティカは人身売買の犠牲者だ。最後は、ジャマールの兄が命と引き換えに逃がしたラティカに再会し、一応めでたしのストーリー。

 この映画のテーマは、スラムの子どもたちの悲惨な実態の告発だ。
 薬品で目を焼かれて盲目にされ、物乞いを強いられる子どもたち、人身売買と虐待。子どもにとっては泥棒やうそ八百は「悪」ではなく生きる手段なのだ。
 人権などみじんもない悲惨な環境の中でたくましく生きる子どもたちに向ける監督の視線は、ヒューマンにあふれ優しい。

 クイズの司会役を務めたのはアニル・カブール。彼は出演料のすべてをNGOプラン・インドに寄付した。インドでは、今でも生まれた子の3分の1が戸籍に未登録で、教育と医療を受ける権利の代わりに、虐待と児童労働の犠牲が強いられており、プラン・インドはその救済活動を行なっている。
 「この子らを撮った映画だから、当然のこと」と言い切る彼は、インド親善大使だ。

 この映画が日本の子どもたちと無関係と、誰が言えるだろうか。日本は「子どもの権利条約」違反で国連から勧告を受けているではないか。

「60才のラブレター」

 企業戦士でやり手の夫と、夫に逆らわず家庭を支える貞淑な妻が、夫の定年を機に離婚する。夫は女の元に走り、女の会社の共同経営者となる。妻は、暇をもてあまし、セレブ独身女性翻訳家の元で家政婦の仕事をしてみる。妻は彼女の影響で変身する。めがねはコンタクトになり、ヘアスタイルも服装も高級志向となり、見違えるように美しくなって、新しい恋人も出来る。
 夫の方は、実は会社の後ろ盾が合っての存在だったと思い知らされ、仕事も失敗、女の元も去ることになる。
 妻のほうは心も変身だ。彼女は離婚した夫に、何十年も胸に押さえてきたことをはき出して言いまくる。そして二人ははじめて、人間として面と向かい合える仲になろうと、再出発をしてゆく。簡単にいうとこんなストーリー。

 よくある熟年離婚の変化球だが、共感できる反面、働かなくても楽な生活が保証されている妻のもがきは、泥臭さが無くて真に迫ってこない。夫に服従してきた今までの不満はわかるが、彼女の新しい生き方が、今ひとつ不鮮明だった。
 その後の夫婦の関係の発展は、それぞれ想像してみることにしよう。
 複線として描かれる魚屋の夫婦の姿がよかった。妻の大病から絆を深める二人の心の機微が、無理なくストンと胸に落ちた。 

「剱岳  点の記」

 原作新田次郎。すべて現場主義を貫いた木村大作監督の心意気が、迫力の作品になった。3000メートルの山での撮影では、役者もさぞ大変だったことだろう。

 明治40年、陸軍測量手の柴田芳太郎は、地図作成のため、未踏の山剱岳に三角点を作る命を軍から受けた。「死の山」と恐れられた剱は、地元でも入山禁止の掟になっていた。しかし命令には逆らえない。「国家のためだ!」

 地元の反発、過酷な自然を乗り越え登頂に成功する。しかし、かつて修行僧が登った形跡が残っており、初登頂ではないことがわかる。軍の態度は急変した。「すべて無かったことに」。
 しかし命を賭けた男たちの胸は充実感で満たされ、仲間の連帯を深めるのだった。「この仕事は人々の役に立つ」
 柴田は遠慮する案内人の長治郎に「あなたがいなかったら、ここまで来ることはできなかった」と山頂への第一歩を譲る。
 山頂からの、ライバルだった民間登山家たちとの手旗信号でのエール交換は感動的だった。「私たちは仲間だ!」

 新田次郎の描く男性は、みんな強くやさしい。映画でもガマズミの赤い実の枝をおみやげに持って帰った柴田は、妻に「きれいだろう」ではなく「きれいでしょう」と言う。明治の男のその一言が強く印象に残った。

 この映画の醍醐味は、立山連峰の大自然と柴田らの葛藤、バックに流れるのはビバルディやバッハの名曲、感傷的でない冷静で落ち着いた旋律は、深層深い琴線に触れてくる。

                  (2009年7月6日  記)