コラム―散歩道

私の誕生日

 5月9日は、私の57回目の誕生日でした。57年前のこの日は、母の日であり、日食であり、さらに近所の羽黒山神社のお祭りが重なった、にぎやかな日であったと聞いています。

 昨年から、新たな歴史的な意義ある記念日に定められて、私の誕生日は、いっそうすばらしい輝きを持った日として私の心に刻まれました。

 昨年の11月、国連総会は5月8・9日の両日を第二次世界大戦終結の「記憶と和解の日」にすると宣言しました。5月8・9日は、ナチス・ドイツが連合軍に無条件降伏した日です。

 「もう二度と再び、ファシズム、軍国主義は許さない」この決意をこめて、「記憶と和解の日」は宣言されたのです。

 国連は、人間が犯してしまった あの忌まわしいファシズム、想像を絶する恐ろしく残虐な行為の数々の事実と向かい合い、「記憶」にとどめ、それを否定する共通の認識の上に立ってこそ、「和解」が成立するのだとし、未来に向かって「あらゆる紛争を平和的手段で解決するために全力を傾けること」を、加盟国に協力 を求めています。

 また、国連は、第二次世界大戦後、過去の遺物を克服して民主的な価値や自由を促進するための、各々の国の努力とその成果の評価を強調しています。植民地体制が崩壊し、民族独立国家がつぎつぎと誕生したことや、日本の平和憲法の制定発布もその大きな成果と言えるでしょう。

 国連の創設も大きな成果であり、世界平和の実現の中心にすわる組織として、今急成長をとげています。

 私は国連のこの「記憶と和解の日」の宣言を、21世紀の世界像と人類のあるべき姿を追求する、格調の高い呼びかけとして感動を持って受け止めました。

 宣言は、ファシズムの歴史は、自分たちは犠牲者であって責任はないとか、あるいは生まれてないときのことだから知らないとか、あるいは自分の身は外に置き評論家に終始する立場に立つのではなく、一人ひとりが自分の問題としてとらえ、学び考え、行動しようではないかと呼びかけていると私は思います。

  私の誕生日は、世界的に記念すべき日になりました。

恥ずかしい日本の態度

 日本と同じく、ナチスのファシズムを経験したドイツでは、戦後徹底して、ナチスの行った蛮行を国民一人ひとりの問題として反省するための努力がなされてきました。ドイツ国民の責任として、過去の首相はじめ、現在のシュレイダー首相、政府要員はその姿勢を国民にも世界にも示して、 被害者への謝罪、国家賠償もきちんとおこなっています。

 戦犯には厳しい態度をとり、逃亡している戦犯が見つかれば、今でも厳しい態度で向かい合っています。

 そうした誠意ある態度があってこそ、侵略したフランスとも和解し、EUの中でも立場を保ち、各国と友好関係を築いてきました。

 ドイツに侵略されたフランスは自国語を話すことを禁じられ、ある村の学校でのフランス語で行った最後の授業をテーマにした短編小説「最後の授業」を読んで、言葉までも奪われる屈辱に、中学生だった私でさえ「侵略」への怒りを掻き立てられましたが、そのような思いもフランス人は乗り越えて和解した裏には、ドイツの誠意ある態度があったからです。

  日本はどうでしょう。A級戦犯が合祀されている靖国神社へ、首相が平気で参拝する神経は、私には理解できません。靖国神社のパンフレットには、A級戦犯は連合軍によって濡れ衣を着せられたのだと書いてあります。靖国神社が編集発行している「遊就館図録」には、「自由で平等な世界を達成するため、避けられない戦い」と侵略戦争を位置づけ賛美しています。靖国神社は、戦争を美化し、押しすすめる任務をもった運動体なのです。

 4月に行われたアジア・アフリカ首脳会議で、小泉首相は「日本はアジア諸国に多大な損害を与えた」と謝っています。それが、公式な見解になっています。

 彼のやっていることは、公式の見解とことなっています。どんな言い訳をしようとも、国際的に通用するはずがありません。

 そればかりか、あの侵略戦争を「アジア開放のための聖戦」と事実を捏造した教科書を、検定を通すという「犯罪的」行為をおこないました。

 侵略戦争であった事実は国際的な共通の認識になっていることを、子どもたちにうそを教えていいと、国が認めたのですから、私は「犯罪」だと断定したいくらい怒っています。

 女性として絶対に許すことが出来ない、人権侵害の屈辱的慰安婦問題も、責任を取ろうとしない。南京大虐殺は、ただのちょっととした事件の扱いです。

 政府要員による暴言も続いています。安倍幹事長代理の「命をささげた人をお参りするのは当然、責務」、森岡厚生労働政務官にいたっては「戦争はひとつの政治形態、国際法のルールで戦争をした。A級戦犯は罪人ではない」!

 正義と不正義の判断もつけられないような人間が、日本を代表する政治家とは!

それを許しているようでは、戦争で犠牲になった方々に申し開きはできません。自分の子を殺さなければならなかった、大陸からの引揚者の親の心を想像してみましょう。戦争は、人間を、わが子も殺してしまうまでに心を破壊するものなのです。

9条こそ友好の要

 そして、ここにきていよいよ彼らの念願である「9条改悪」の露骨な政策です。

「もう戦争はしない。武器は持たない」こう誓ったからこそ、中国をはじめ日本に侵略されたアジアの皆さんは日本を許してくれたのではないでしょうか。

 肉親が犯され、殺され、焼かれ、ありとあらゆる許しがたいことをされたけれども、多くの犠牲者の血の上に創られた、世界で始めて戦争の放棄、軍隊の放棄をうたい、その崇高な理念を具体化した第2項の「武器や軍隊は持たない」との「9条」の創設に、平和共存の期待をかけてくれたのです。

 私が反対の立場だったら、それでも許せないおもいが拭い去れないと思います。それをこらえて、こらえて、中国でも韓国でも、新しい時代に眼を向けてくれ、子どもたちに憎しみを残さないように平和教育を進めているのです。その気持ちを、私たちは、想像力をたくましくして自分のものにしなくてはなりません。

 「9条」をいじることは、否定できない事実である過去を完全に否定することです。「再び侵略する」との宣言です。

 しかし、一部の愚か者がアメリカにしっぽを振って自分の欲得を守ろうなんて、まかり通ると思ったら大間違いです。

道理を守ろうとして頑張っている「9条の会」の広がりは、人間が大切にされる新しい政治をと願う、21世紀の時代を開拓する国民のエネルギーのあらわれです。

 過去を見ようとしないものは、現在も見えるわけはありません。川の流れを例に取れば、上流を考えずに下流の問題の解決は不可能なのです。これは常識であり、分別のある人なら、誰もが当たり前に考えることです。

 その常識で歴史を見て、常識と良識をもった圧倒的国民が、「9条の会」で立ちあがっています。私も、その一人として、ご一緒に行動しています。

 私は、時々、中国でであった方々の、激しい日本軍国主義への怒りと、同時に、日本人と友好関係を結びたいとの、暖かいこころをおもいだします。世界人民の心はひとつなのです。

イマジンの世界

 私の誕生日が「記憶と和解の日」と国連総会で宣言されたことで、いっそう、私の人生を「和解」のために使うことが求められていると、心に刻んだことです。

 つい少し前までは、地球儀は遠い世界への憧れを掻き立てるものであったのに、今では身近な生活圏に入り込み、地球規模で物事を考えるのが当たり前になっています。

 ジョン・レノンの「イマジン」は、作られてから長い年月を経て、追い求めるだけの夢ではなく、実現可能な理想を歌っている曲として、新しい息吹を私たちに与えてくれています。

 「イマジン」の歌詞は素敵ですね。

 夢かも知れない

 でも ひとりじゃない

 いまにみんなが夢をみて

 世界はひとつに

 そうです。みんなが夢をみれば、現実になるのです。そして今、みんなが、夢をみはじめています。世界は動いています。平和へと、力強く!

(2005年5月30日記)