ドイツ、スイス再生可能エネルギー視察旅行 2013年 4月6日〜14日

はじめに

旅行のテーマ

 農民連からの呼びかけに、「これはぜひ参加したい」と思いました。旅行の目的が「再生可能なエネルギーの視察」とあったからです。先進をいくドイツから学びたいと思いました。
 2008年、共産党の笠井亮衆議院議員を団長とした共産党の視察団がドイツ、イギリス、EUを視察した報告集、笠井亮著「政治は気候温暖化に何をすべきか」を読み、温暖化に対するヨーロッパの真剣な態度に衝撃を受けていました。この目で確かめてきたいことと、京都議定書も守らず、アメリカとともに世界の足を引っ張っている日本で、私たちができることは何かを探る旅にもしたかったのです。

ドイツ・スイスの事情

 ご承知のように地球温暖化対策は地球の生命維持装置の破壊を防ぐために、世界中の大きな課題となっていますE。
 Uヨーロッパ連盟では真剣にこの問題と立ち向かい、具体的数値目標を示して達成のための実践が進んでいます。
 EU全体では、温室効果ガスの削減を1990年比で2050年度には半減するとしています。先進国で60〜80%の削減を目指す目標です。
 中期目標は2020年度までに20%です。
 ドイツではそれを受けて、2020年度までに40%、2050年度までには80%削減すると目標を立て、実践をすすめています。既に18.7%の削減に成功しています。
 これは、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)と、スターン・レビューの報告からの科学的根拠に基づく計画です。
 IPCCによれば、18世紀産業革命以前に比べて、平均2度上昇すると、激しい気候変動、生物種の絶滅がおこり、このまま手を打たないと、今世紀末、6.4度の上昇が予想されるとしています。2度以内に収めることが重要なのです。
 また、スターン・レビューの報告は、イギリス政府の求めで元世界銀行幹部だったニコラス・スターン卿を中心に経済学者の英知を集め2006年に作られたものですが、経済学的な観点から、温暖化対策をとらないと、とったときの10倍のコストがかかるとしています。
 EUでは、この2つの科学的見地が実践の根拠となっており、それは大企業も含めて否定できない理論になっているのです。
 日本は、各国が温室ガスの削減の実績を挙げている中で、足を引っ張っている存在です。
 2012年度には6%の削減をいいながら、実際には6・2%の増加をさせてしまいました。アメリカに至っては、2050年度まで削減しない態度です。
 今回訪問したフライブルグは、国の政策も受けて、市としても1986年に環境保護局を立ち上げ、再生エネルギーの活用、自動車乗り入れ規制、ごみのリサイクルなどの一連の措置が取られています。
 フライブルグでは気候変動戦略も持ち、1996年には市議会で「二酸化炭素排出量を2010年までに1992年比で25%を削減する」と決定し提案しています。
 同時にスイスでは国家戦略として、二酸化炭素排出量を、2020年度までには90年比で20%減らし、最終消費エネルギーに占める再生可能なエネルギーの割合を24%まで増やすとしています。ただし、EUからは目標を挙げるように要求されているようです。

 おおざっぱですがこれから訪問するドイツ、スイスの様子です。日本との決定的な違いは、温暖化防止対策に政府がしっかりと責任を持って関与している点です。
 もう一つ、ドイツでもスイスでも、大本は原発反対運動から始まっていることも、需要です。各町での原発反対運動が粘り強く行われ、チュエルノブイリ事故で見切りがつけられ、そしてショックなことですが、「原発は福島事故で決定的な敗北となった」との声を、ドイツでも、スイスでも聞いてきました。

 記録は、宿での朝、晩の時間に書いた日誌です。まだ見直ししてありませんし、細かいことには触れずに、感想みたいなものですからまったく不十分だと思いますが、とりあえずの報告です。

4月7日
ドバイからチューリッヒ経由でフルブライへはいる

フライブルグの民宿にて

 農民連の呼びかけで集まった16人のメンバーは、農民連の方、長野市会議員の原田のぶゆきさん、長野県会議員の石坂ちほさん、私の地元の党後援会の皆さんなどです。

 午後10時成田発のドバイ行きに乗り込み約12時間、ドバイで乗り換え、さらに6時間半の飛行を経てチューリッヒへ向かいました。
 チューリッヒからは専用バスでさらにいくこと2時間半。やっと目的地のフライブルグの郊外にある民宿にたどりつきました。
 とにかく、遠い。成田からドバイまでだけでも8818キロだというから、ドバイからチューリッヒまでは5009キロ。1万3千キロ以上の移動でした。
 エコノミークラスの椅子は大変窮屈なものでした。お金があればビジネスクラスにしたいものです。
 まずは「ヨーロッパまで来るのは体力勝負」と実感しました。

 アウトバーンを走る車窓から見た、バーゼルやフライブルグの郊外の広い農地や街並みは大変美しく異国を感じました。特に林や森がよく整備されているなあと、感心しました。
 この広葉樹は、天然更新の方法で整備しているとのこと。つまり、間伐をしながら大木を育て、一本一本抜きながら、光のあたる空いたところに多様な種類の樹木を自然に発生させてゆくのです。
 部分的に集中して伐採し、禿山を作らないためです。
 畑は広々として北海道の景色のようでした。多様な種類の作物が植えつけられている日本の田畑と違い、一面みどりの丘陵です。牧草やもろこしの畑でした。

民家に到着

 民宿到着、明日から私たちを案内してくださるフライブルグにお住まいのジャーナリスト、村上敦さんが出迎えてくださいました。
 予備学習に村上さんの著書を2冊読んで、旅行の目的を意識化してきましたが、本人のお話を聞きながら、1週間はきっと実り多いものになるに違いないと確信しました。とてもきさくな方で、参加者みんな、溶け込んでしまいました。
 日本人が素晴らしい活躍をしていることが大変うれしくもあり、もっと多くの方に知っていただきたいとも思いました。

農家民宿

 民宿は、300年もの歴史のある農家を改造、改築し、ここ70〜80年は農業を辞めて民宿の経営をしているという、閑静な場所にある私たちの望みどおりの味のある宿でした。
 すぐそばに小さな川が流れ、牛の放牧が眺められる広々した畑の中にありました。フライブルグには、あちこち川がたくさん流れていましたが、みんな自然の流れのまま、三面コンクリートなどどこにもありません。中心市街地の川もそうでした。子どもが水遊びがすぐにできるようでした。
 降雨量が日本と比べとても少ないので、深く掘った川でなくてもいいのかなとも思いましたが、コンクリートで固めていなのは、自然にやさしいことです。
 外は大変寒くふるえました。4月としてはかつてない寒さのきつい年だそうで、開花も遅いし、畑も芽の出方が遅いとのことす。しかし、部屋はしっかりした3重窓、小さな温水暖房器がついているだけで、中は大変暖かいのです。
 フライブルグの住宅は、省エネ政策が徹底しており基準があって、3重窓は当たり前、断熱材は25センチ以上だそうです。新しく建築するときはもちろん建物の改築が国の政策で進められているのです。
 ドイツは大変寒い国、日本の北海道とおもえばいいのでしょうか。
 だからドイツの場合、熱エネルギーの半分以上が建物の暖房で消費され、その対策は重要な課題になっているのですが、国を挙げての大胆な取り組みを、宿でまず感じました。
 外が氷点下10度でも、中は17度から20度は保たれ、外が38度、40度でも中は28度以上にならないように仕組まれているそうです。

ビールで乾杯!!

 さて、民宿の一階はレストランになっています。民族衣装を着た若い美しい御嬢さんが、お料理を運んできます。今夜は、無事ついたことを喜びあって、ビールで乾杯!!交流を深めました。そしてワインです。
 ビールは白ビールといって、麦芽の入った独特の味のあるものを選びました。大皿いっぱいの野菜のサラダや牛のステーキに舌づつみをうちました。
    ドバイ空港で

 その量が半端ではないのです。多くって!!
 ドイツ人は、いわゆる食事は一日一回だそうです。朝はパンとチーズくらい、夜も食べたかったら、バナナやチーズなどそこらにあるもので済ませる。だから一回の食事、主に昼食はものすごい量を食べるのだそうです。
 昼食には、多くの人は職場から家に帰って食べるのだそうです。日本と全く違う食文化ですね。

 時差ぼけはなく、元気いっぱいです。
 午後8時になっても、外は明るく時間の感覚がなくなります。サマータイムに入っているとのことでした。