5日目 5月20日 バラデロからサンタクララへ

★ゲバラの霊廟、サトウキビのプランテーション跡、そして蚊!!

 バラデロからサンタクララまで、バスでまた3時間余り。
 サンタクララには、チェ・ゲバラと革命戦士の霊廟があります。当時は、武器を持っての命がけの行動をしなければならい時代でした。
 霊廟には、ゲバラとともに亡くなった革命戦士の顔のレリーフがありました。一人一人見ながら、独立と人民の幸せのために立ち上がった勇士に、敬意を表しました。

   

 私たちの日本革命は、キューバと違って進んだ資本主義の国ですから、選挙で民主主義を作っていく多数者革命の道を歩んでいます。キューバやべトナミも、まだ社会主義とは言えず「目指している国」だと思いますが、進んだ資本主義の国の革命は、まだ人類は経験していません。どちらにも、質の違った困難がありますね。でも、どちらにも展望はある。
 共産党の先輩たちも虐殺されるなど、やはり命がけで戦った。私たちは今、命をかけて戦うことはしなくてもいい。世論を作り選挙で議席を得るたたかいだと考えると、彼らに尊敬の念がわいてきました。

 それにしても!!ゲバラは、なんてハンサムで精悍ないい男なんでしょう!!ラテンアメリカの未来を見つめた目は、きりりとして優しかった。

 革命軍が勝利を収めることになった、装甲車の襲撃現場の見学の後、マナカ・イスナガロスサトウキビ農園跡やロス・インヘリオスサトウキビ農園跡へ。

 植民地時代のサトウキビプランテーション後で、世界遺産に指定されています。
 マナカには、奴隷を見張るための高い塔がたっていました。

   

 子どもたちは裸足で走り回り、私たちを見つけると「キャラメル、キャラメル」と言って手を差し出しました。
 この村は、当時の奴隷の子孫がほとんどだそうですが、ここでの住民の方とのゆかいな出会いは、「どこでもフレンドリー」で別途、書くことにします。
 街から外れた僻地でしたが、ここにもファミリードクターはいるということでした。学校へはきっと、遠い道のりを歩いてゆくのかなあ、と思いました。

 プランテーションは広大でした。植民地として長いこと虐げられてきたキューバの歴史がひろがっていました。

   

なんと、ホテルでは、今度はお湯が出ない!まあ、いいか、寒くはないから水でも(-_-;)今日は我慢して水浴びをしました。それでも、サブ!!
 
でも、暑いと覚悟してきたキューバは、雨期のせいもあって、カンカン照りには合わなかったので、むしろ、長野より涼しいくらいでした。
ああ、それと悩まされたのは、蚊です!すごい大群!
夫は慌てて売店に買い物に行きました。ちゃんと蚊退治のスプレーが売っていました。
まいりましたね。ブチブチと刺されました。食事している間に、ホテルの職員に全部屋に蚊退治のスプレーをまいてもらいました。

★どこでもフレンドリー

 どこへ行っても、すぐにお友達になれる.みんなフレンドリーです。
 夫は似顔絵で、花岡さんは折り紙で、ほかの皆さんも自分流にたくさんのお友達を作りました。旅の醍醐味、最高ですね。

 ロス・インヘリオスの村で。
 この村は、かつてスペインが奴隷を使って、サトウキビのプランテーションをいとなんでいた村。住民のほとんどが黒人で当時の奴隷の子孫だといいます。何人もの人が、ハンドメイドのおみやげ品を手にぶら下げて「買ってくれ」とやってきました。裸足で張りまわっている子どもたちが寄ってきて「キャラメル」と手を差し出します。
 木の実で作った首飾りをたくさんぶら下げたおばさんは、手ぶり身振りで、「子どもに飴をくれ。これとお菓子と交換して」と言っているようです。さらに、「おなかに赤ん坊がいて双子だ」とも。
夫がかばんを探ったら飴の袋がありました。すごい勢いでさっとひったくるようにとって、売り物の首飾りを差し出しました。
 飴袋を手にしたこの方の顔は、ほんとに輝いていた、とってもとっても嬉しそうだったのが印象的だった。
子どものために手に入ってうれしいとの気持ちが、伝わってきました。お菓子は貴重品なのですね

 私と花岡さんが首にかけているじゃらじゃらの首飾りは、飴や悪露が見のお礼にと、おばさんがプレゼントしてくれたその首飾りです。
 そして、「47才だ」との返事に、一同大騒ぎ「おおーーー!!私もまだいけるかな!!」「頑張って元気な赤ちゃんを!」と握手、仲良しになりました。

   
   大事に飴の袋を抱いているおばさんと。

 バスが、途中で動かなくなりました。どうも、ハリケーンに備えて、大木を切り倒していたところに差しかかったようです。周りには住民がたくさん出てきていました。
 通れるまで少し時間がかかるようだ。バスから降りて、花岡さんがお得意の折り紙のつるやコマを子どもたちに配りだし、お友達になりました。

   
「私にも」と子どもたちが寄ってきました。

 バスが出発すると「ばいばーい!!」と手を振りあってなごり惜しく別れました。

 さて、夫は、いつもの似顔絵での国際交流です。

   

 どこでも、ホールにコミュニケーションがうまれ、あっという間に仲良しに。ホールでは、世界各国の観光客がいっぱい。「うちの子も描いて」とママが子どもを連れてやってくる場面もありました。夫ながら、うらやましい特技です。